東京高等裁判所 昭和26年(う)3234号 判決
被告人塚田外二名の弁護人の控訴趣意第二点(訴訟手続の法令違反)について。
記録によつて原審における審理の経過を精査すると、原判示第一乃至第四事実の中、昭和二十五年四月二十日附起訴状を以て原判示第一の被害者江口保太郞に対する詐欺事実が起訴せられ(起訴状には予断を生ぜしめる虞ある書面の添附又は事項の記載はない。)同年五月二十九日の第一回公判期日においては右第一の江口保太郞関係事実だけが審理され、被告人等四名は詐欺の犯意を否認し、検察官からその証拠として、1、関係人江口保太郞の司法巡査及び検察官に対する供述調書、2、各被告人に対する司法警察員の供述調書各一通の取調を請求し、被告人等及び主任弁護人は右書面を証拠とすることに同意し、証拠調請求に異議がないと述べたので、裁判官は右各書面を取調べる旨の決定を為し、その証拠調手続を履践しこれに引続いて弁護人からの証拠調の請求があり裁判官が法定の手続を経て弁護人請求の書類及び証拠物を取調べ且証人を採用して、次回期日を指定したこと、第三回公判期日の終に検察官は追起訴準備中であることを明かにしたこと、右各被告人の供述調書はそれぞれ所論の司法警察員によつて作成せられ、その内容には所論のように、右被害者江口保太郞関係部分のみならず、飛田熊次郞(原判示第二事実の被害者)、石俊三(同第三事実の被害者)金沢常雄(同第四事実の被害者)の関係部分についても記載があること、その後原判示第二乃至第四の詐欺事実が追起訴されたのは、同年八月二十九日であつて、(追起訴状には予断を生ずる虞ある書類の添附又は事項の記載はない。)原審は同年九月一日の第四回公判期日に、右追起訴に係る各詐欺事件を併合審理する旨決定した上、原判示第一事実と右追起訴状記載の原判示第二乃至第四事実とを併せて、審理し被告人等は右追起訴に係る詐欺事実の犯意を否認し、爾後第九回公判期日に至るまで、検察官及び被告人並弁護人の雙方当事者から、本件第一乃至第四の各詐欺罪の成否に関し、多数の証拠書類、証拠物、証人の申請が行われ、原審はそれぞれこれを許容して多数の証拠調を施行したことがそれぞれ認められる。
よつて右原審の訴訟手続が法令に違反するか否かにつき案ずるに、刑事訴訟法第二百五十六条第六項に「起訴状には裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある書類その他の物を添附し又はその内容を引用してはならない」と規定されていること右規定に違反した場合においては同法第三百三十八条第四号によつて判決を以て公訴棄却の裁判をしなければならないことは所論の通りであるが、前記原審における訴訟の経過によれば、前記本件起訴状又は追起訴状には裁判官に予断を生ぜしめる虞ある書類その他の物の添附なく又はその内容を引用した事実も認められないから、右刑事訴訟法第二百五十六条第六項、同法第三百三十八条第四号の直接の適用がないことが明かである。ただ所論のように、追起訴以前に追起訴の内容たるべき事項が審理の過程において取調べられたときは、裁判官に予断を生ぜしめる虞あるものとして本件における前記各被告人等の供述調書の取調に、右法条を類推適用し得るか否かの問題を生ずるのであるが、前記審理の経過のように、本件について検察官から原判示第一事実の外に追起訴の事実があることが明かにされたのは第三回公判期日の終においてであつて、右各被告人等の供述調書の取調が行われた第一回公判期日には追起訴が行われることが明かとなつていなかつたのであつて、このような場合に右各被告人等の供述調書を証拠調したとしても、(被告人及び弁護人等は右証拠調に同意している)右法条を類推適用すべきものではない。(所論のように第一回公判期日において既に原審において、検察官から本件追起訴が行われることが明かとなつている場合には、追起訴を予想せられる事実関係を記載した部分はこれを提出すべきでないのであつて、審理の対象となつた所論江口保太郞関係部分のみの供述調書の抄本又は謄本を提出すべきであり、これに違反した場合においては、右法条及び刑事訴訟法第二百九十六条によつて示された起訴状一本主義の精神に反し、訴訟手続の法令違反を来すものと解すべきであるが、第一回公判期日において既に追起訴の行わるべきことが判つていたと認むべき何等の資料もない。)なお、第四回公判期日において、前記追起訴に係る事実について、起訴状が朗読され審理が開始された以後においては、右追起訴に係る事実に関しては、既にこの事実に関する各被告人等の供述調書が他の事実たる原判示第一事実の関係において、取調べられていて宛かも、裁判官に予断偏見を生ぜしむべき虞ある事項が起訴状朗読前に取調べられ、起訴状一本主義に反し、訴訟手続の法令違反を生じているが如き外観を呈するものであるが、一般に先の起訴事実について審理が相当進行した後追起訴が行われ、これを併合審理する場合においてはこのような事態は訴訟手続上避け難いところであるから、追起訴の審理以前の手続として先に適法に行われた訴訟手続は爾後の追起訴の審理によつて遡つて違法となり、訴訟手続の法令違反を来すことはないものと解すべきである(審理の更新、差戻後の第一審手続と同様起訴状一本主義の例外と考うべきである)。
以上説明の理由によつて原審の訴訟手続には何等法令違反の点はないので、所論は失当である。
被告人矢沢の弁護人の控訴趣意第二点(採証法則の違反)について。
原審が所論の被告人側から提出した各学校の塚田洗濯液の効能を賞讃する文書、注文に関する文書等にして被告人等に犯意がないことを弁明するための証拠物を却つて、本件犯罪事実認定の資料として採用していることは所論の通りであるが、当事者提出の証拠は必ず当該当事者の有利な証拠としてのみ採用しなければならぬとの採証法則は存在しないのであつて、原審が多数の証人等の取調をした結果被告人等が右各文書を確実に多量の注文があつた旨を被害者に誤信させる手段として利用したものと認定したからといつて、何ら採証法則に違反するものではない。
従つて所論は失当である。